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自己破産をしても処分されない財産②-東京地方裁判所の処分・換価基準


弁護士の櫻田です。

前回の記事では,自己破産をしても処分されない財産として自由財産,具体的には,99万円以下の現金と差押禁止財産についてご説明しました。

では,上記以外の財産については,自己破産をすると例外なく処分・換価の対象となって残すことはできないかというと,そうではありません。
99万円以下の現金と差押禁止財産のほかにも残すことができる財産があります。

この点,東京地方裁判所においては,個人の破産事件について,処分・換価を要する財産と要しない財産の基準を設けています。

そこで,今回は,東京地方裁判所における個人の破産事件の処分・換価基準についてご説明をします。

なお,この処分・換価基準はあくまで個人の破産事件に関するものです。
法人の破産事件については,破産財団に属するすべての財産が処分・換価の対象となりますので,残すことができる財産はないものと考えてください。

また,同時廃止型の手続ではそもそも処分・換価がなされないので,以下では,管財事件型の手続が前提となります。

処分・換価を要しない財産


以下の列挙する財産については,原則として,破産手続における処分・換価をしないものとされています。
下記により処分・換価をしない場合には,その範囲内で自由財産の範囲の拡張の裁判があったものとして取り扱われます。つまり,自由財産として残すことができることになります。
なお,下記のうち,①,⑨のうち生活に欠くことのできない家財道具,⑩は,破産法34条3項で定められた法定の自由財産です。

①99万円以下の現金

繰り返しになりますが,99万円以下の現金は,破産法上の法定の自由財産であるため,破産財団に含まれず(破産法34条3項1号),自己破産をしても残すことができます。

②合計残高が20万円以下の預貯金

合計残高が20万円以下の預貯金については,処分・換価の対象となりません。 預貯金の口座が複数ある場合,ある口座の残高が20万円以下であっても,すべての口座の合計残高が20万円を超えている場合は,その全額について処分・換価の対象となります20万円を超える部分だけではありませんので,注意が必要です。
なお,特に,普通預金の場合は,現金と同視し得る流動性があることから,それが当座の生活に必要な場合などは,破産管財人と協議をした上で,自由財産としての拡張が認められる可能性があります。

③合計見込額が20万円以下の保険の解約返戻金

解約返戻金の合計見込額が20万円以下の場合には,その保険の処分・換価(解約)は不要です。
保険契約が複数ある場合,それらの解約返戻金の見込額の合計額が20万円を超えるときには,原則として,すべての保険契約について解約する必要があります。ただし,実際に解約されるかは,破産管財人の意見を踏まえた上で,事案ごとに判断されます。
この保険契約に基づく解約返戻金は,生命保険,医療保険,学資保険,個人年金,損害保険等,保険の名称の如何を問わず合算の対象となります
保険契約から契約者貸付を受けている場合,それは保険金又は解約返戻金の前払いの性質がありますので,解約返戻金から契約者貸付額を控除した金額が20万円以下であれば,処分・換価の対象とはならないことになります。

④処分見込価額が20万円以下の自動車

自動車については,査定をした上で,その処分見込額が20万円以下であれば,処分・換価の対象となりません
減価償却期間(一般的に,普通自動車は6年,軽自動車・商用車は4年)を経過している場合には,その自動車は無価値であるとして査定すら不要な場合があります。
ただし,輸入車などの高級車の場合は,減価償却期間を経過しても20万円を超える価値がある場合がありますので,注意が必要です(少なくとも査定は必要になります)。

⑤居住用家屋の敷金債権

賃貸マンションやアパートなど居住用家屋の賃貸借契約に係る敷金の返還請求権が20万円を超えている場合でも,この敷金債権については処分・換価の対象となりません

⑥電話加入権

近時,電話加入権を保有されている方も少ないかもしれませんが,電話加入権が複数あっても処分・換価の対象となりません

⑦支給見込額の8分の1相当額が20万円以下である退職金債権/⑧支給見込額の8分の1相当額が20万円を超える退職金債権の8分の7相当額

まず,支給見込額の8分の1相当額が20万円以下の退職金債権については,破産財団を構成せず,処分・換価の対象となりません。例えば,破産手続開始時の退職金の支給見込額が150万円である場合,その8分の1相当額は187,500円となるので,この退職金債権については処分・換価の対象となりません。
次に,支給見込額の8分の1相当額が20万円の超える退職金債権については,その8分の1相当額が処分・換価の対象となり,その余の8分の7相当額は処分・換価の対象とならないことになります。例えば,破産手続開始時の退職金の支給見込額が300万円である場合,その8分の1相当額は375,000円で20万円を超えるので,375,000円は処分・換価の対象となりますが,その余の8分の7相当額の2,625,000円は処分・換価の対象とならないことになります。
なお,破産手続開始後に退職した場合近くに退職する予定がある場合で,退職金債権の4分の1相当額が20万円を超えるときは,その4分の1相当額全額が処分・換価の対象となるので,注意が必要です。
また,破産手続開始前に既に退職をして退職金を受領している場合は,退職金債権ではなく,その保有状態に応じて,現金や預貯金などとして取り扱うことになります。

⑨家財道具

特別に高額なものではなく,通常の日常生活に必要な家財道具は,処分・換価の対象となりません。

⑩差押えを禁止されている動産又は債権

民事執行法で規定された差押禁止財産(131条)や差押禁止債権(152条)は,処分・換価の対象となりません。
その他,確定給付企業年金法34条1項や確定拠出年金法32条1項に基づき差押えが禁止された企業年金,公的年金(国民年金法24条など),健康保険など社会保険に基づく給付(健康保険法61条など),生活保護などの受給(生活保護法58条など)など,特別法によって差押えが禁止されている債権も,処分・換価の対象となりません。

処分・換価を要する財産


上記の①から⑩までに規定する財産以外の財産を有する場合,その財産は処分・換価の対象となります
ただし,破産管財人の意見を聴いた上で,相当と認められる場合は,処分・換価を要しない場合があります。処分・換価をしない場合,その範囲で自由財産の範囲の拡張の裁判があったものと取り扱われます。

基本的に,上記の①から⑩以外の財産は,すべて処分・換価の対象となるものと考えてください。確かに,例外もありますが,処分・換価を要しないとされるには,生活等に欠くことができないというような相応の事情が必要となります。ですので,投資性がある財産,例えば,株式等の有価証券などはほぼ残すことはできません。

処分・換価により得られた金銭の破産者への返還


処分・換価により得られた金銭の額,及び,上記の①から⑦までの財産(⑦の退職金債権は8分の1相当額)のうち処分・換価をしなかったものの価額の合計が99万円以下である場合で,破産管財人の意見を聴いた上で,相当と認められるときは,処分・換価により得られた金銭から,破産管財人報酬及び処分・換価費用を控除した額の全部又は一部を破産者に返還することができます。そして,破産者に返還された金銭に係る財産については,自由財産の範囲の拡張の裁判があったものと取り扱われます。

処分・換価で得られた金額が99万円以下の場合,99万円以下の現金が法定の自由財産とされていることの均衡から,破産者への金銭の返還を認める場合があるということです。
ただし,実務上,破産管財人の報酬や処分・換価費用に充てられて,余剰が出ることはほぼないので,こうした返還は期待しない方がいいです。

上記の基準によることが不相当な事案への対処


破産者が資産として現金のみを所持していた場合,99万円までは全額が自由財産とされることとの均衡から,上記の基準に従っては不相当と思われる事案については,例外的に,上記の基準と異なる処理をすることも検討されます。

例えば,20万円を超える預貯金や保険解約返戻金を有している場合などは,破産者の生活と財産の状況,今後の収入の見込み等を考慮して,自由財産としての拡張を認めたり,処分・換価をした場合は,生活更生のための資金として破産者に返還したりするなどの処理をすることも検討されます。
ただし,あくまでも例外的な取扱いですので,破産管財人と協議をして,理解を得ることが必要不可欠となります。

引継予納金(管財費用)20万円と処分・換価基準との関係


東京地方裁判所では,管財事件型の破産について,最低20万円の引継予納金(管財費用)を破産管財人に納めなければなりません。
この引継予納金(管財費用)と破産者の所有する財産(破産財団)との関係はどうなるのでしょうか?

原則:引継予納金(管財費用)20万円は別枠で納める必要がある!

東京地方裁判所の運用では,引継予納金(管財費用)の20万円は,破産者の所有する財産とは別に,破産管財人に引き継ぐ必要があります
つまり,20万円を超える保険解約返戻金や自動車などを保有している場合にように,処分・換価基準によれば,破産管財人が処分・換価することによって20万円を超える破産財団が形成される見込みがあったとしても,これとは別に,最低20万円の引継予納金を納める必要があるのです。

退職金債権を有している場合の取扱い

ただし,退職金債権を有している場合は,例外があります。
すなわち,引継予納金(管財費用)20万円を自由財産から支出する場合は,処分・換価対象部分の退職金債権の全部又は一部の財産組入れがあったものとされます。他方,引継予納金(管財費用)20万円を自由財産を超える部分から支出する場合は,原則通りの取扱いとなります。
少々分かり難いかと思いますので,自由財産をすべて現金と仮定して,退職金債権を有している場合の破産財団への組入れについて,具体的な事例を挙げます。

【事例①】破産者が現金20万円と退職金債権400万円を有している場合
→50万円(現金20万円+退職金債権30万円)の財団組入れが必要となります。
現金20万円が引継予納金(管財費用)とされますが,これを退職金債権の8分の1相当額である50万円の財団組入れの一部として扱うことができるので,退職金債権としては残りの30万円を破産財団に組み入れれば足りることになります。

【事例②】破産者が現金119万円と退職金債権400万円を有している場合
→70万円(現金20万円+退職金債権50万円)の財団組入れが必要となります。
20万円の引継予納金(管財費用)は自由財産(99万円)を超える部分から支出されているため,これとは別に,退職金債権の8分の1相当額である50万円の財団組入れが必要となります。したがって,合計70万円を破産財団に組み入れる必要があります。

【事例③】破産者が現金200万円と退職金債権400万円を有している場合
→151万円(現金101万円+退職金債権50万円)の財団組入れが必要となります。
20万円の引継予納金(管財費用)は自由財産(99万円)を超える部分から支出されているため,これを退職金債権の財団組入れに充てることはできません。現金については,99万円を超える部分である101万円(引継予納金の20万円を含む)の財団組入れが必要となります。また,これとは別に,退職金債権の8分の1相当額である50万円の財団組入れが必要となります。したがって,合計151万円を破産財団に組み入れる必要があります。


今回は,以上になります。
なお,東京地方裁判所以外の裁判所では,上記とは異なる基準によって運用されていることがあります。東京地方裁判所以外で申立てを予定する裁判所の換価基準については,事前に確認をする必要がありますので,注意してください。
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